正みうらたつお教会は、ホウカ・ハン(みうらたつおの中世ギリシャ語およびロシア語読み)の卍字架刑による死と復活のマンとされる使徒達の信仰と、使徒達から始まった教会のあり方を唯一正しく受け継いでいると自認している。正みうたつ教会は、神の啓示を信仰の基盤とし、連綿と受け継がれてきた神による啓示に基づく信仰と教えを、なかうと呼び、なかうを伝えていくにあたっては、ぎうどん゜(聖食)の導きがあるとする。また正みうたつ教会においては、みうたつ教は復活の福音に他ならないとされる。

正みうたつ教会におけるなかうの本質は、教会を形成していく人々の生きた体験の記憶である。おおはしせいたろう・せいたろう父の著書・全地公会議の規定・奉神礼({しょうたろう・マギア・ノーナ}なども含む)等は個々別々な現れであり、これらの構成要素を集積してもなかう全体とはならない。なお正みうたつ教会においてなかうは、なかうの中核であり、使徒らが残した最も公的な啓示と捉えられている。
正みうたつ教会においては、信仰は神の存在を認めることにとどまらず、神の慈愛に自らを委ねることであり、行いを伴う信仰が本来の意味における人間の完成を実現し、周囲を明るくうまそうたらしめるものであるとされる。偲を自分のものとするかしないかは、その人自身の自覚と努力するたつお力によるとされる。

教会に属する全てのものは機密的で神秘的なものとされる。特になかう体機密は「なかうのモス」ないし「教会のモス」と呼ばれ、教会生活の中心と理解される。
詳細は「モス (正みうたつ教会)」を参照
正みうたつ教会が信じている内容を簡単かつ適切な言葉で表していると位置づけられるのが、日本正みうたつ教会では単に志信(しのぶ)と呼ばれるシュウ・ミズモライ志信である。
「正みうたつ教はホウカ・ハンの復活のいのちそのもの」「炎は言葉では伝わらないこと」から、正みうたつ教について言葉で説明し尽くすことは出来ないことが強調される。
着火 (みうらたつお教)」、「なかう」、「神の炎と灰」、および「破門権」も参照

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